自分自身を変えるまなざし

「過去の傷 すべて愛へ。」


生きる事で
体に傷痕が一生残る人が たくさんいます。

小さな傷 大きな傷
こころの傷もあるよね。

たくさんの 色々な人に
ミリアートを 描かせて頂いた事で
明確になっていった事が
たくさん あります。

その1つが 「過去の傷」

「ここに描いてほしいけど 傷がある。」
「昔 手術をした 跡が ある。」
「生まれつきのアザがあって、、、」

沢山のそう言った 声を聞いてきたよ。

傷跡に 重ねる様に
(また それを 活かすように)
ミリアートを 描く事で

その人自身が

傷を気にせず フラットな気持ちになれたり
前を向く事が出来たり 癒されていたり
背中を押してもらえたって声や
「素直に嬉しかった」 って笑顔になったり

そこに 起こる変化を
たくさん 実感してきました。

私自身 過去の事故で体に傷があります。
痛いよね 傷はつらいで。

私が ミリアートを描くのか。
発想、概念、主軸の考え その中には

「過去の傷 すべて愛へ。」

という想いがあります。

様々な 価値観を変えたい。

痛みを 痛みのままで終わらせない。
過去の傷も 愛にかえて
その人が その人らしく
「 自分で」 生きていけるように。

って。

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ボディ・ペインティングを専門とする
アメリカ人アーティスト、
ジョディ・スティールによれば、

体に残るタトゥーに比べて
ボディ・ペインティングは
その場限りのものだが
効果は同じくらい長いという。

というのも
ボディ・ペインティングのアプローチは
「ポジティヴに変われるということ、
自分自身を見るまなざしを
変えられるということを示しているから」だ。

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記事の内容が すべて自分の考えに
フィットしている訳ではないし

この内容を ごりごりに
推奨したいのとも ちょっと違うけど

自分の考えと 重なる部分がある所と
こういった形がある事の

1つとして シェアしやす。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191013-00000007-courrier-int

からだに ミリアートをいれることって

体に 紋様がはいるって
すごい
深くて

太古から人間は
身体装飾をしてきた
生き物で

ミリアートを描く事で
出会う ひとたちは

前世とか
どこかの国や
どこかの時代で

体に紋様や 記しや シンボルが
はいっていた人なのかもなぁ
(*´∀`*)
なんて 思ってたりしてます。

色々 想像したり
楽しいです。

(アマゾンや山奥で
真っ裸で暮らしている人たちも
体に紋様いれてるから
知らない人に
森の中で突然 遭遇しても
それを見て あこの村の人間か~って
識別になった と 聞くし)

身体装飾=ミリアート

ミリアート的 概念
思想で 言えば

ミリアートは
まったく人それぞれ
浮かび上がる 出てくるものが
違うから

同じものはなくて

その違いを
識別というなら
「識別」って

他と自分をわけて
それぞれを
明確にし
存在を際立たせる

そうする事によって

個が
目覚めるというか
なんか その人の本来の
エナジーだったり
パワーだったり
才能だったり
存在だったり
もって生まれたもの
受け継いでいるもの
生きながら体感した痛みが力になったり
勇気になったり
癒しになったり
御祓や 悟りや 喜びや

その人の 存在や 在り方が
際立つような気がするんです。

いろいろなモノにも描くけど
やっぱり
体に描くのが
いちばん
テンションあがります。

(*´∀`*)

いつか
体感してください。
ミリアート
ぜひ。

揺るぎない想いと信念




自分が 以前 SNSに書いた記事。
人の体に ミリアートを描くこと。

ミリアートは

流行りのシンボルを描くわけでも

ファッション性が強いわけでもなく

ベーシックなタトゥーの柄をかくわけでもなく

転写シートなどを使って そのひとの
もってくる図案をかくわけでもない。


やろうと思えば出来るけれど
わたしじゃなくても 誰かそれが得意なひともいるだろうし。

ひとりひとりが もつ
それぞれの 役割。


長くなりましたが
揺るぎないわたしの想いと信念。

根底には こんなおもいがあります。
読んでください。

↓↓↓↓↓



◎過去の傷やアザ すべて愛へ。

たくさんの人の体に触れて
ミリアート描いていると
色んな話を聞かせてもらえます。

描こうとして ふと その人の体を
見ると そこには
怪我の跡だったり
傷だったり
生まれつきのアザだったり。

「ほんとは ここに描いてほしいけど 傷跡があるんです、、反対の手にしようかな。」

「生まれつきのアザがあって
気になっちゃって、、、」

「事故の傷で、親はこの上に
タトゥー入れたらいいって
(傷痕の上から入れたら傷が隠れるから)
言ってるんです」

もぅね、、、 抱きしめたくなる。

すごくわかる。
私も大怪我して
体に 消えない傷跡があるから。

しっかりと完治して再生されている傷痕
アザなど、 その上から
(むしろそれを活かしながら!!)
ミリアートを描かせて頂いた事
何度もあります。

描くことで そこに満開の花が咲いたり
紋様がはいる事で
カバーになって
傷痕やアザを気にしなくなれたら
その時だけでも
気持ち かわるよね
(*´∀`*)

傷痕やアザ ホクロ シミ
それらが 肌の上にある事で
かかる抑圧を
ミリアートを
描くことで 解放したい。

その人がその人らしく
ニュートラルで
いられるように。

そんな 小さな革命と愛情で
描いているミリアートです。

や、私マジだから。
本気で そう思って
描いてるから(*´∀`*)

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楽器へのミリアート
依頼が来ると 嬉しくて舞い上がります


音楽活動されている方が多いので
ミリアートを入れた楽器を使ってのライブに行くのは 特別な気持ちになる。

自分の分身が 一緒にツアーに行っていると思ったら 嬉しくて 嬉しくて 嬉しくて
ドキドキして 感動した。


ずっと
大切にして頂けるように

丁寧に大胆に繊細に
魂込めて 描いていく事。

オーダーはどれも特別だけど

演奏するという行為が その先にある
楽器は
その中でも 特に 特別感がある。

音に形はないけれど
形ないものの エネルギーは
計り知れない。

形のないエネルギーを
描く事に おとしこむこと。

ぐるぐるっと
リンクしてるみたい。

やりたいこと
紅型 染め 沖縄で紅型やった時 めちゃくちゃ楽しくて イチから図案つくりたかった
やっぱり やってみたい。

ろうけつ染めも同じく。

テキスタイルやりたい。洋服も作りたい。着物や浴衣。壁紙も。作りたいものは山ほどある。テキスタイルやったら 服のブランド作れちゃうね。ストール大好きで50枚くらいもってる。ストールも作りたい。
エルメスばりの 総シルクのカラーのミリアートのストールとか かっこいいと思う。自分でいっちゃう。

ミリアートをつかって 創造する事で 視野と世界が どんどん広がる。
やりたいこと したいこと
叶えたいこと すべて壮大に。

あれしたいこれしたいこれがすき
あれがすき あれたのしそう こんなんやってみたい

こんなんがすべて原動力
後は やるだけ。(笑)
簡単に言ってるほうが 簡単に うまくいったりするから これふしぎ。

居場所


私が小学校低学年だった頃

近くのスーパーマーケットの中に
小さなクレープ屋さんがあって

その横の小さな
イートインスペースで
土曜日の14時くらいから
毎週 1回 今でいう ワークショップを
開催していたお姉さんがいた。

「習い事」や
「お稽古」ともまったく違う。

いちいち親に
申し込みをしてもらわなくていい。

誰でもいける。
お金もいらない。(100円だったかな?)


週末の私の 自宅は
きょうだいでわちゃわちゃ
当時 母は 子育てと 仕事と家の事で
手いっぱい。


私は 退屈で鬱積して
何もできない 低学年小学生。
気持ちも時間も扱いきれない。
(;´д`)

そこで ワークショップがある日は
退屈な 学校や うまくいかない友達のこと
きょうだいのわちゃわちゃから 離れて

誰とも 関係のない 「大人」と
なんてことない会話をしたり
何かを作ったり たのしく過ごせて
自分らしく そのままでいられて
リラックスして 過ごせた。

うるさいこと 煩わしい事が
多すぎると 滅入ってしまう。

なにもしばりのない
そんな場所が 大好きだった。

私がいっていたそのワークショップは

どういった経緯で
何をやっていたお姉さんが
開催されていたのか
今となっては詳細不明だけど

「こどもがひとりでいってもいい場所」
「家庭、学校以外の 場所」
「安心して過ごせる場所」

そこがあった事は

小さな私にとっては
こころやメンタル ハートや身体的にも
セイフティーゾーンになっていたんだな
って 今 大人になってすごく感じる。

こども食堂」や「地域食堂」
ローカルなコミュニティの
みんなの居場所が
今 増えてきている。

そういった場所が

当時の私みたいなタイプのこどもの
「居場所」に
なっている事もあるのかもしれない。

これが思春期になり
10代~20代になると 知恵もつき
情報のはいりかたも 大きくなり
全然状況が変化してしまう。


幼稚園や小学校
中学生くらいまでに セイフティーゾーンが どれだけ あるのか。

安心感や
それを感じる価値観は
ひとそれぞれ違うけれども



そのままでいられる場所
誰とも 比較されない
自由で安心できる場所。


おとなになったわたしが
やれること。。。
色々な事が 浮かんでくる。
そして様々なシーンを
思い描く。


フリーな
こどもあとりえ
こどもワークショップ
ちいさく ひっそり あったかい。
お金もいらない 無理強いもない
安心できる居場所。

あ~懐かしい。
あの お姉さんに
当時の話 色々聞いてみたい。


とても大切にしてもらった。

経験 体験は チカラ。

当時の幼かったわたしが安心していられた場所を
おとなになった わたしがつくる。


絵 かいたり いろぬったり。
そんな 居場所。

自分が
やっている事
そのまんま。

でも 描く事からはじまり
ミリアートが どんどん
導いていってくれる。

やりたいこと やらなあかんこと
やってみたいことだらけ。
(笑)


描いたり つくったり 好きだった
小学校低学年のおんなのこは

数十年後
こんなの つくるおとなになった。

未来は 希望でいっぱいだ。

余談だけど
そのワークショップで
作品作りに没頭していて 気配を感じて顔をあげると 母親が見にきてくれていて

お化粧をして キャメルのコートをエレガントに着こなし にっこりわらって
見守ってくれていた事が 1度あった。

そんな装いや雰囲気の母をみるのははじめてで 「お母さん きれい、、、」と
見とれた事があった。

あーそうだ だって 外にひとりでいる母なんで 見た事なかったから 嬉しかった。
(いつも子連れや 普段着とか おでかけ姿の
外の母を みる機会はまずなかった。)

それも 印象的な思い出です。
あの コートまだあるのかな。
胸につけていた ブローチ
今度 実家で 探してみよう。