居場所


私が小学校低学年だった頃

近くのスーパーマーケットの中に
小さなクレープ屋さんがあって

その横の小さな
イートインスペースで
土曜日の14時くらいから
毎週 1回 今でいう ワークショップを
開催していたお姉さんがいた。

「習い事」や
「お稽古」ともまったく違う。

いちいち親に
申し込みをしてもらわなくていい。

誰でもいける。
お金もいらない。(100円だったかな?)


週末の私の 自宅は
きょうだいでわちゃわちゃ
当時 母は 子育てと 仕事と家の事で
手いっぱい。


私は 退屈で鬱積して
何もできない 低学年小学生。
気持ちも時間も扱いきれない。
(;´д`)

そこで ワークショップがある日は
退屈な 学校や うまくいかない友達のこと
きょうだいのわちゃわちゃから 離れて

誰とも 関係のない 「大人」と
なんてことない会話をしたり
何かを作ったり たのしく過ごせて
自分らしく そのままでいられて
リラックスして 過ごせた。

うるさいこと 煩わしい事が
多すぎると 滅入ってしまう。

なにもしばりのない
そんな場所が 大好きだった。

私がいっていたそのワークショップは

どういった経緯で
何をやっていたお姉さんが
開催されていたのか
今となっては詳細不明だけど

「こどもがひとりでいってもいい場所」
「家庭、学校以外の 場所」
「安心して過ごせる場所」

そこがあった事は

小さな私にとっては
こころやメンタル ハートや身体的にも
セイフティーゾーンになっていたんだな
って 今 大人になってすごく感じる。

こども食堂」や「地域食堂」
ローカルなコミュニティの
みんなの居場所が
今 増えてきている。

そういった場所が

当時の私みたいなタイプのこどもの
「居場所」に
なっている事もあるのかもしれない。

これが思春期になり
10代~20代になると 知恵もつき
情報のはいりかたも 大きくなり
全然状況が変化してしまう。


幼稚園や小学校
中学生くらいまでに セイフティーゾーンが どれだけ あるのか。

安心感や
それを感じる価値観は
ひとそれぞれ違うけれども



そのままでいられる場所
誰とも 比較されない
自由で安心できる場所。


おとなになったわたしが
やれること。。。
色々な事が 浮かんでくる。
そして様々なシーンを
思い描く。


フリーな
こどもあとりえ
こどもワークショップ
ちいさく ひっそり あったかい。
お金もいらない 無理強いもない
安心できる居場所。

あ~懐かしい。
あの お姉さんに
当時の話 色々聞いてみたい。


とても大切にしてもらった。

経験 体験は チカラ。

当時の幼かったわたしが安心していられた場所を
おとなになった わたしがつくる。


絵 かいたり いろぬったり。
そんな 居場所。

自分が
やっている事
そのまんま。

でも 描く事からはじまり
ミリアートが どんどん
導いていってくれる。

やりたいこと やらなあかんこと
やってみたいことだらけ。
(笑)


描いたり つくったり 好きだった
小学校低学年のおんなのこは

数十年後
こんなの つくるおとなになった。

未来は 希望でいっぱいだ。

余談だけど
そのワークショップで
作品作りに没頭していて 気配を感じて顔をあげると 母親が見にきてくれていて

お化粧をして キャメルのコートをエレガントに着こなし にっこりわらって
見守ってくれていた事が 1度あった。

そんな装いや雰囲気の母をみるのははじめてで 「お母さん きれい、、、」と
見とれた事があった。

あーそうだ だって 外にひとりでいる母なんで 見た事なかったから 嬉しかった。
(いつも子連れや 普段着とか おでかけ姿の
外の母を みる機会はまずなかった。)

それも 印象的な思い出です。
あの コートまだあるのかな。
胸につけていた ブローチ
今度 実家で 探してみよう。